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2018.06.18

臨時休業のお知らせ

2018.03.30

オリジナルグッズ製作サイトSUZURIに出品しています。

2018.03.27

ストックフォトサイト「天牛書店イメージズ」公開のお知らせ

2017.07.02

Facebookページ他、天牛書店SNSアカウントのご案内

2016.05.02

天牛書店ポストカードの通販を開始しました。

「浪花に天牛あり」「天牛へ行けばどんな本でもある」と言われた程の膨大な在庫を求める多くの人々の活気で絶え間なく賑わい続ける店舗には、 若き日の折口信夫、武田麟太郎、長谷川幸延、藤沢桓夫らの諸氏が親しみをこめて「われらが古本大学」と呼んで通いつめ、新一郎の人柄も相まって、文学青年の格好のたまり場として愛されるようになっていきます。 戦前の店舗
  戦前の店舗


戦前の店舗
戦前の店舗
   また日本橋店の2階には100畳敷の大広間があり、そこを「道頓堀倶楽部」として 舞のおさらいや素人浄瑠璃などに貸す演芸会場を開いていましたが、 やはり当時の常連客であった作家織田作之助は出世作「夫婦善哉」(昭和15年刊)の結びに、以下のように「天牛書店」を登場させています。

蝶子と柳吉はやがて浄瑠璃に凝りだした。二つ井戸天牛書店の二階広間で開かれた素義大会で、柳吉は蝶子の三味線で「太十」を語り、二等賞を貰った。景品の大きな座布団は蝶子が毎日使った。

織田作之助『夫婦善哉』より


道頓堀倶楽部
道頓堀倶楽部